• Miki Cabatbat

No.2 義母ファミリーの歴史

最終更新: 2017年10月8日




今回は義母のバックグラウンドについてご紹介したいと思います。前回のコラムでも書きましたが、義母はマウイ島生まれのプエルトリコ系アメリカ人。彼女の祖父母世代が、プランテーションで働く為に移民でやってきたそう。つまり、プエルトリコ系3世です。


 義母の話しによると、彼女の母方の祖父は、ハワイに来る途中の船の中で両親が亡くなり、ハワイに着いた時には、ブラザー(兄または、弟なのかは不明)と2人きりだったそう。そこで、レイを配っていたハワイアンの女性が、2人を見つけ、そのまま養子にして育ててくれたんだとか。義母はそのおじいさんには会ったことはなく、彼女のお母さんがよく、「見かけはプエルトリカンなんだけど、ポケとか普通に食べていて、すっかりハワイアンのようだった」と話していたんだそうです。切なくもあり、心温まる部分もある、なんとも複雑な気持ちになります。


この話しを聞いて、ハワイに来たプエルトリカン移民の歴史を紐解いてみました。最初にきたグループは、1900年で56名の男性だったそう。前年に2つの大きなハリケーンで、プエルトリコの砂糖産業が大打撃を受け、世界中で砂糖不足に。それがきっかけで、反対に、ハワイのサトウキビの需要が膨大に増え、人手が必要となったので、仕事を失った経験ある労働者をリクルートしたのが始まりだったとのこと。まず、プエルトリコ、サン•フアン港を船で出発し、ルイジアナ州のニューオリンズへ。そこから列車に乗せられ、カリフォルニアのロサンゼルスの港へと運ばれ、そこからまた船でブラジル、リオ•デ•ジャネイロ経由でマウイ島に来たそう。その道中の扱いはとても酷かったらしく、飢えに苦しんだ人もたくさんいたという記録が残っているようで、義母のおじいさんのご両親が、船上で亡くなったという話しとも一致します。


 現在ハワイにいるプエルトリコ系アメリカ人は、約30,000人ほどで、人口の2.5%程度と言われています。日系人の移民の歴史を聞いた時も思いましたが、こういう移民の人たちが今のハワイを作り上げてくれているんだなぁと思うと、とっても感慨深いものがあります。


 しかし、いつもこの家族といて思うのが、過酷でつらいプランテーション時代を経て、義母たちも苦労多い人生をいきてきているのですが、プエルトリカンってとにかく明るい!何とも言えない、ラテンの底抜けの明るさがあるのです。そこで生まれ育っていなくても、民族性って受け継がれていくものなのかなぁって思います。それにまつわるエピソードも追々ご紹介していきたいと思います。Adios!!


*注意* このコラムは、2014年8月に「日刊サン」に掲載されたものです。


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