• Miki Cabatbat

NO.60重婚していた父親

最終更新: 2019年11月2日


 前回のコラムで、私のクムフラが、生まれた時に同じ日に生まれた女児と病院で取り違えられたらしい、という話しを書きました。今なら簡単にDNA鑑定ができるわけですが、クムはそれをする気はなく、だから真相は謎のまま。ただ、話しからすると、ほぼ間違いないだろうといえます。つまり、全く血のつながりのない親に育てられたことになります。それでも、クムにとっては本当の親同然であり、家族なわけですね。




 今回はまずクムの祖父母の話し。両親の祖父母ともに、プランテーション時代にフィリピンから移民してきました。お母さん側のお祖母さんは、ハワイに来てから他の男性と不倫をしてしまい、お祖父さんがそれを知って怒り、お祖母さんを刺してしまいました。幸い命に別状はなく無事だったお祖母さんは、逆に、そのお祖父さんの仕打ちに怒り狂って、お祖父さんを訴え、国外退去にもっていき、フィリピンに送りかえしたのだと言います。「うちの家族のクレイジーさがどこからきているかなんとなくわかるでしょ?」なんていたずらっぽい口調で話していましたが、確かに、気性が激しいファミリーのようですね。




 続いては、クムの両親の話し。これまた「父はね、母と結婚してながら、別の女性とも結婚していたのよ」と衝撃な発言をするではありませんか! 皆、一斉に「そんなことどうやったらできるの?」と聞きました。すると、お父さんは 朝鮮戦争の捕虜兵だったのだと言います。終戦で解放された時に、一番近い米軍基地に捕虜兵を送るという取り決めで、それが日本の米軍基地でした。それでお父さんは、数年日本に暮らすことになり、その間に日本人女性と恋におち、結婚をしてしまったのです! 皮肉にも、その女性が妊娠をした頃に、お父さんがハワイに戻ることになりました。お父さんはお母さんに本当のことを話し離婚をしようと決意して帰ってきました。ところが、それを知ったお母さんは激昂し、お父さんを追い出しました。しかも、「離婚はしない!」と拒否したのです。絶望したお父さんは、結局その後日本に戻ることもなく、それどころか日本の奥さんと子供にも亡くなるまで会わなかったと言います。その後しばらくしてお母さんが新しい男性との出会いがあり、それでやっとお父さんとは離婚をしたそうなのですが、その頃にはお父さんはジョージア州に引っ越していて、そこでまた新たに出会った女性と結婚をし、子供も生まれ新たな家庭を作っていったのです。最期はその家族に看取られて逝きました。




 そして、2000年のある日の朝クムが新聞を見たら、一面に自分のお父さんの写真が載っているのを目にしました。驚いて記事を読んでみると、「日本から自分の父親を探しに来ている」という内容だったのです。すぐに新聞社に電話をし、「あの写真は間違いなく自分の父親だ」と伝え、それから新聞社が依頼主と会う日をセッティングしてくれ、会うことができたそう!日本にいる異母妹とその母親の対面です。お父さんはすでに亡くなっていることを告げた時は、とてもショックを受けていたようですが、それでも、その日から今も家族交流は続いているそうです。「本当の親に育てられていたらどんな人生だったのだろう?」なんて、考えても仕方ないことをついつい頭にちらついてしまうのはきっとクムも同じだろうなと想像します。これぞ「事実は小説よりも 奇なり」ですよね。


注* このコラムは、2019年5月に「日刊サン」に掲載されたものです。

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